第1回 鈴木久

第1回 鈴木久

鈴木 久 1970年商学部卒業

 

三田での思い出:
当時アメリカ帰りで新進気鋭の村田昭治助教授(当時)のマーケティング論の講義、90分授業の中程で「休憩!」と言って やおら「LuckyStrike」(真っ赤な丸いマークの付いたアメリカたばこ)を取り出してプカプカと煙をふかしているのを「キザな先生がいるなと思った」授業の思い出位しかない。
取った授業は結構真面目に出ていたが、体育会馬術部に在籍していた私は、ほぼ毎日3時から日吉馬場で始まる練習に通っていた。だから在籍していた商学部F組の体育会以外の学生とはほとんど馴染みがない。

 

小学生の頃、父に連れられて馬に何度か乗った経験から馬術部に入部したが、幼稚舎から乗馬をやっていた竹田・織田・前田・吉田という田が付く同期4人を抜けず、選手には成れなかった(鈴田だったら?)。
今とは違い当時は3年生になる前に選手以外は乗馬練習の機会が減り、裏方仕事(厩舎作業・馬の世話等)中心の部活となる。一年上の学年が2人しかいなかった為、3・4年生の2年間マネージャーを勤めた。部運営の為の資金調達や毎日食わせる馬糧の心配に加えて部員上下・同期間の意思疎通に気を配る2年間だった。

 

人は言葉を通して頭で考えるが、馬(動物)は五感を通じ考える。個々離れている馬達は風に乗って聞える音や匂いだけで仲間を感じている。人もいる場所の温度・湿度・匂い・明るさ・音など五感を通じ仲間同志で感じることが真の共感を生むのではないだろうか。SWAN三田会も会員同志が共有共感できる場でありたい。

 

写真1は大学3年時部内対抗戦で「慶耀」という馬で障害飛越しているところ。
写真2は埼玉三芳町の現在所属する日本乗馬俱楽部での馬場馬術競技でのもの。